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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和33年(う)52号 判決 1960年2月23日

被告人 室橋竜次 外五名

主文

原判決を破棄する。

被告人杉浦常男を懲役六月に処する。

被告人中西初夫を懲役参月に処する。

被告人市村利男を懲役参月に処する。

被告人扇能忠生を懲役参月に処する。

被告人野村康治を懲役参月に処する。

被告人室橋竜次を懲役参月に処する。

但し被告人等に対し此の判決確定の日よりいずれも弐年間、右刑の執行を猶予する。

原審並に当審訴訟費用は全部被告人等の連帯負担とする。

理由

弁護人の「破壊活動防止法(以下破防法と略称する。)は違憲である。」との論旨について。

およそ思想、言論、集会、結社などの自由が、人類を進歩、向上させるため極めて重要なものであり、我国の憲法が思想、言論、集会、結社などの自由に関する国民の基本的人権を保障する所以は、これに依つて、国家、社会の発展、繁栄を期するに在ることは言う迄もない。進歩、向上は、現状の否定、打破であり、従つて、人類を進歩、向上させる為には、現状に対する或程度の否定、打破(すなわち破壊)を、許容しなければならぬことも、また敢て此処に説明する迄もない。然しながら、許容されるのは、飽く迄も一定限度の破壊であり、決して無制限な破壊であつてはならない。仮令、社会を改良、革新せんとする純粋な動機より出た行為であるにせよ、破壊的活動には、歴史や其の時代の社会思潮などに照し、おのずから守られなければならない一定の限界がある筈であり、此の限界を超えるものは、所謂「公共の福祉」に反する行為として、其の者の所属する社会に依つて、これを否定され、排斥されるに至るのである。以上述べたところは、憲法第十二条、第十三条の基盤を為す考え方であり、この見解に依れば、所謂「公共の福祉」は、基本的人権に内在し、権利の内容、限度を具体的に決定するところの最高の基準であつて、権利の外部よりこれに加えられる制限ではない。破防法の中には、国民の基本的人権を制限するかの如く見える数多の規定が設けられていることは所論の通りであるが、「公共の福祉」を維持するため、「やむを得ない」と考えられるものである限りに於て、それ等の規定は、基本的人権の本質と牴触するものでなく、従つて、憲法に違反するものではない。今此処に「やむを得ない」なる用語を使用したが、「やむを得ない」とは、これを詳言すれば、歴史や其の時代の社会思潮などに照し、その目指すところが「相当」であり、その方法、手段に於て「必要最小限度」の域を超えないと言うことであり、畢竟するに、具体的な事案に就いて、その時代に於ける社会の良識に依り、国民の自由に対する制約の程度を勘案し、その都度、その当否如何を判断して行くの外はない。叙上のような見解に立脚し、以下に、破防法の合憲性如何を検討する。(イ)破防法第一条に依れば、同法は「団体の活動としての暴力主義的破壊活動を行つた団体に対する、必要な規制措置を定めるとともに、暴力主義的破壊活動に関する刑罰規定を補整し、もつて公共の安全の確保に寄与することを目的とする。」ものであつて、同法の目指すところは、これを歴史や現時の社会思潮などに照らして判断すれば、まことに「相当」であると考えられる。(ロ)次に、同法は、規制並に規制のための調査の手続に於て、これを形式的に観察すれば、国民の基本的人権に対し、種々の立法的制約を加えていることは、所論の通りであるけれども、然しながら、同法はその反面に於て、(1)その解釈に関する準則を設けて、拡張解釈の弊害を戒め(第二条)(2)規制の準則を定めて、規制及び調査の行過ぎを抑止し(第三条)、(3)所謂「暴力主義的破壊活動」の意義を定めるに当つては、その内容を具体的、且、制限的に列挙し(第四条第一項)、(4)公務員の職権濫用に対しては、一般公務員のそれよりも重い刑罰を以て臨み(第四十五条)、(5)団体規制の要件を厳重にし(第五条)、(6)規制の手続に於ては、被審団体に弁明の機会を与え(第十四条)、(7)処分の当否については、終局的には、これを司法権の判断に委ねる(第二十五条第二項)等の諸点を明かにして居り、これ等の諸点を綜合考察すれば、同法は、破壊活動を防止するため、国民の基本的人権を「必要最小限度」に制約するに止まると解すべく、従つて破防法は憲法に違反するものでないと言わざるを得ない。弁護人は「元来憲法の保障する基本的人権は、経済的自由権を除き、公共福祉の名の下に、これを制限するを得ないものである。」旨主張するけれども、所論は、ひとり経済的自由権のみを例外とする点に於て、一貫性を缺如すると考えられるのみならず、既に説示したところに依り明かな如く、憲法は公共の福祉を維持するため、必要且、最小の限度に於て、国民の基本的人権に対し、立法的制約を加えることを、本質的に許容するものであると解し得るから、論旨は採用するを得ない。弁護人は「同法第四条第一項第一号(ロ)(ハ)(ニ)、第三十八条第一項、第二項第一号、第二号等は、破壊活動として、一定行為の教唆、せん動、一定行為の正当性を主張する文書の頒布等の行為を挙げ、これを処罰の対象とし、憲法の保障する思想、良心、信条、表現、学問の自由を、著しく侵害するものである。」旨主張する。しかしながら破防法は、所論のような行為を、決して無制限に禁圧しようとするものでなく、一定の目的(内乱、外患誘致、外患援助等の行為を実行させようとする目的)を有し、且、一定事項に対する予見(当該所為に依り若起されるところの、公安に対する明白にして切迫する危険についての予見)の存する場合に限り、これを制約するものと解するに於ては、基本的人権に対する同法の制約は、必要最小限度のものと認め得るから、この見地よりすれば、破防法は憲法に違反するものでなく、論旨はその理由がない。弁護人は「せん動なる用語は、その意義が不明確である。」旨主張するが、同法第四条第二項は、せん動なる用語の意義を、特に明文を以て具体的に定めて居り、これに依れば拡張解釈の危険は、介在しないものと、認むべきであるから、この点に関する論旨も理由がない。弁護人は「此の法律に依れば或る団体の下部組織に、破壊活動が出現した場合、そのような活動と全く関係のない上部組織に迄、規制が及ぶ建前になつて居り、国民の団結権を不当に広範囲に侵害するものである。」旨主張するけれども、たとえ、或る団体を構成する一部の者に依つてのみ、破壊活動が行われた場合であつても、それが当該団体の団体活動として為されたものである限り、これに対する規制が、団体の全部に及ぶのは、当然であつて、これを以て国民の団結権に対する侵害となすを得ないから、所論は採用するを得ない。弁護人は「行政機関の規制措置に対する司法的救済が不十分である。」とし、規制処分の執行の停止が、内閣総理大臣の異議申立に依り、その効力を発揮し得ない場合のある点を指摘するが、行政行為に対する司法的抑制には自ら一定の限度があり、処分の当否に対する終局的判断が、司法権に委ねられている以上、暫定措置の分野に於ける行政権の一時的優越を是認することは、決して憲法第七十六条に違反するものでない。其の他弁護人は種々の観点より破防法を論難するけれども、既に説示したところより明かなように、破防法は基本的人権を必要最小限度に制約するに過ぎず、憲法に違背するものでないから、これ等の点に関する論旨は、いずれもその理由なしとして、これを排斥せざるを得ない。

弁護人の「公安調査官に依る所謂事前調査は違法である。」との論旨について。

然しながら、破防法第十一条は「第五条第一項及び第七条の処分(公安審査委員会の規制処分)は、公安調査庁長官の請求があつた場合にのみ行う。」旨定めて居り、この規定に依れば、公安調査庁長官は、未だ規制処分を受けていない団体について、それが破壊活動の容疑団体として、規制を必要とすると判断した場合、公安審査委員会に対し、規制処分を請求する職権、職務を有するのであるが、そうだとすると、公安調査庁長官は、規制処分の請求を為すべきや否やを決定するため、少くとも必要な範囲内に於て、公安調査官に対し、容疑団体の調査(所謂事前調査)を命じ得るものと、解さざるを得ない。蓋し、(1)同法第二十七条は「公安調査官は、この法律による規制に関し、第三条に規定する基準の範囲内に於て、必要な調査をすることが出来る。」旨規定し、公安調査官の調査権行使の時期に関し、何等の制限を設けていない点、及び(2)同法第二十九条は「公安調査庁と警察庁及び都道府県警察とは、相互に、この法律の実施に関し、情報又は資料を交換しなければならない。」旨定め、公安調査庁が警察庁及び都道府県警察と相並んで、情報又は資料を蒐集する独自の権限を有することを認めている点などに、その法文上の根拠を見出し得るのみならず、(3)若し或る団体が過去に於て団体の活動として破壊活動を行い、将来に於てこれを行うおそれがあると認めるに足る相当合理的な客観的事由がある場合、公安調査官は、規制処分の請求前に於ても、其の団体について調査する権限を有するものと解さなければ、法秩序を維持するについて、重大な支障が生ずるであろうと考えられる点に、立法趣旨上の根拠を見出し得るからである。そうして見れば、公安調査官に所謂事前調査権なしとする論旨は、其の理由なしとして、これを排斥しなければならない。

弁護人の公安調査官の調査の範囲に関する論旨について。

破防法第二十条は「第十一条の請求(処分の請求)は、請求の原因たる事実、第五条第一項(団体活動の制限)又は第七条(解散の指定)の処分を請求する旨その他公安審査委員会の規則で定める事項を記載した処分請求書を公安審査委員会に提出して行わなければならない。処分請求書には、請求の原因たる事実を証すべき証拠、当該団体が提出したすべての証拠及び第十七条に規定する調書を添付しなければならない。」旨規定して居り、これに依れば、公安調査庁長官は、公安審査委員会に対して、団体の規制を請求するに際し、請求の原因たる事実を表示し、且、これを証すべき証拠を添えなければならない訳であるから、従つて、公安調査官の調査権は、同法第五条又は第七条に定める規制の要件たる事実の全般、(団体の存否、破壊活動関係者、活動の日時場所、方法、手段、結果、団体の活動として行われたものであること、将来継続又は反覆して行われるおそれの有無、)の外、これ等の事実を証明する資料の蒐集、整理、規制処分後、其の実効を確保するため必要な事項などに及ぶと解すべきである。弁護人は「公安調査官の調査の対象は、破壊活動それ自体に限局さるべきである。」旨主張するけれども、破壊活動の存否を明確ならしめるためには、団体の組織、活動状況の一般をも知る必要があり、所論のように調査の対象を破壊活動のみに限局することは、方法論的見地よりするも、相当でないと考えられるから、論旨は採用するを得ない。

弁護人の「公安調査庁が日本共産党を調査の対象としているのは違法である。」旨の論旨について。

原審証拠調の結果、殊に原審第十一回並に第十四回各公判調書中証人石林弘之の供述記載、石林弘之の検察官に対する供述調書の記載、証人藤井五一郎に対する原審証人尋問調書の記載及び当審証拠調の結果、殊に証人関之、同山田誠に対する当審証人尋問調書の記載などを綜合すれば、(一)昭和二十六、七年頃国内各地に於て、集団的暴力に依り、暴行、脅迫、放火、殺傷等の罪を犯す、相当大規模な、且、組織的な破壊活動が相次で発生したこと、(二)これ等の破壊活動の背後には、暴力に依つて政府を顛覆することの正当性を主張し、其の準備的訓練として、集団的に暴力を行使すべきことをせん動する多数の文書が、組織的に頒布されていたこと、(三)日本共産党の昭和二十六年十月開催第五回全国協議会(所謂五全協)に於て採択された新綱領には「日本の解放と民主的変革を平和的手段によつて達成し得ると考えるのは間違いである。(中略)軍事行動は階級闘争の一部であり、その最も戦闘的手段である。」とする部分があつたこと、等の諸事実を肯認するに足り、以上の諸事実を綜合すれば、日本共産党五全協の新綱領と叙上集団暴力的の間には、時期及び方法の二点に於て、密接な関連が存在することを疑わしむる合理的な事由があつたものと考えられ、日本共産党は、少く共本件発生当時に於ては、団体の活動として、過去に於て破壊活動を行つた疑があり、また、将来に於て破壊活動を行う疑があるとされるについて、相当合理的な客観的理由があつたと認められても、仕方がない状況に在つたと言わざるを得ない。そうだとすれば、公安調査庁が日本共産党を破壊活動の容疑団体と認め、同党に関して調査権を行使したことは違法でなく、これと同旨に出た原審の此の点に関する見解は相当であつて、原判決は容疑の有無に関する事実を誤認したものでもなければ、また、破防法の解釈適用を誤つたものでもないから、論旨は其の理由がない。

弁護人の「新田公安調査官の調査方法は違法である」との論旨について。

然しながら原審証拠調の結果、殊に原審第八回第十回各公判調書中証人新田貞治の各供述記載、被告人室橋竜次の検察官に対する各供述調書の記載、原審第十二回公判調書中証人室橋一枝の供述記載、室橋一枝の検察官に対する各供述調書の記載等(後記の措信し得ない部分を除く)を綜合すれば、(一)被告人室橋竜次は予てより日本共産党の党員であつたが、昭和二十九年七月頃自己の占有保管する他人の金員を擅に費消した嫌疑に依り、その頃党機関の査問に附され、其の結果、昭和三十年五月中同党より、党活動停止の処分を受け、党員たる資格に於て政治的行動をすることを禁止されたものであつたこと、(二)従つて、被告人室橋竜次が公安調査官新田貞治の訪問を受けた当時に於ける同被告人と同党との関係は、一般党員の同党に対するそれとは、頗る其の趣きを異にし、その間に極めて微妙なものが存在したこと、(三)新田公安調査官は、当初、被告人室橋を防問して情報の提供を求めるに当り、菓子等を手土産として持参したことはあつたが、被告人室橋の歓心を求める為の工作は、その程度に止まり、それ以上に金品を提供したり、金品の提供を申入れたりした事実は、なかつたこと、(四)被告人室橋の新田貞治に対する態度は、相当好意的であつて、同人に対し、即時に情報を提供することは、一応これを拒否したものの、新田貞治が「自分も思想的な悩みを持つている。」等と語るや、被告人室橋は「そのような悩みがあるのなら、何時でも相談に応ずるから、今後も訪ねて来てくれ。」と言い、暗に、新田貞治の情報入手を目的とする来訪を、拒まない態度を示したこと、(五)被告人室橋は昭和三十年一月頃より同年六月頃迄の間、数回に亘つて新田貞治の来訪を受け、情報の提供を懇請されるや、これに協力する態度をとり、其の質問に応じ、或は口頭を以て答え、或は自己の所持する党関係の文書を閲覧せしめる等の方法に依り(1)日本共産党石川県委員会の創立の経緯とその後の経過、(2)被告人室橋の入党の動機と其の後の経過、(3)同党中央委員会と機関誌、(4)石川県に於ける人事の問題、(5)石川県に於ける党活動の現況と活動の方計、(6)同党石川県委員会の財政状態等に関する諸般の情報を、進んで新田貞治に提供したこと、(六)被告人室橋は、その間新田から、手土産として一回金二、三百円程度の菓子を数回受け、金二、三百円程度の酒食の饗応を一回受けたのみであつたこと、(七)新田貞治は同年六月中二回に亘り、被告人室橋より党関係の文書を受領した際、同人の以前よりの協力に対する謝礼の意味をも含め、被告人室橋に対し、金壱千円宛合計金弐千円を供与し、被告人室橋は其の一部を自己の用途に費消し、其の一部を妻に与えたこと、(八)被告人室橋は、新田貞治の来訪に因り、別段、家庭の円満を阻害されたこともなく、新田貞治は、被告人室橋が同人の訪問を拒否しないまま、引続き同人方を訪れた迄であつたこと、(九)新田貞治は以上に述べた外、被告人室橋竜次に対し、金品を供与したことがなく、また、金品の供与を申入れたこともなかつたこと、(一〇)被告人室橋は昭和三十年六月二十日夕刻新田貞治の来訪を受けた際、自宅(金沢市荒町二丁目三十六番地高橋雄仙方二階)に於て、隣室に隠れている被告人杉浦常男等に聴取せしめる目的を以て、新田貞治に対し、改めて氏名、所属官庁等を質問した後、「情報提供の謝礼として、最高限度壱万円位は出すのか」「生活の保障をしてくれるか。」等と申向け、何等かの言質を得ようと努めたが、これに対して新田貞治は明確な答弁を為さず、もとより前記の質問の趣旨を肯定した訳ではなかつたこと、等の諸事実を肯認するに足り、以上の諸事実を綜合すれば、公安調査官新田貞治は、被告人室橋竜次より日本共産党関係の情報を入手するに当り、威力を行使して同被告人を脅迫、強制したことがないのは勿論、金品の誘惑を以て、其の意思の自由を失わしめたものでもなく、畢竟するところ、被告人室橋の自由意思に基く協力に依り、其の提供する情報を受領、蒐集したに過ぎないと認めざるを得ない。記録に顕われている被告人室橋竜次並に其の妻室橋一枝の各供述(原審第十七回公判調書中証人室橋竜次の供述記載、原審第十二回公判調書中証人室橋一枝の供述記載、室橋竜次並に室橋一枝の検察官に対する各供述調書の記載等)中、「新田の来訪を拒否したにも拘らず、同人は執拗に来訪した。」旨の部分は、真実に適合するものと認め難いから措信し得ないし、「金品の受領を拒絶したにも拘らず、同人は無理にこれを置いて行つた」旨の部分は、一応真実と符合するも、前後の状況に鑑みるときは、これを以て、被告人室橋が新田貞治より金品を受領すべく強制されたことを肯定する資料とするに足らず他に論旨を維持するに足る資料が見当らない。そうだとすれば、新田貞治の本件調査行為は、将来、立法的措置に依り、協力に対する報酬の支払(殊に情報の買取に類する行為)を規制するは格別、少くとも現行法制上は適法行為であつて、被告人等の基本的人権を違法に侵害したものでは決してなく、勿論破防法第四十五条の罪、国家公務員法第百十条第一項第十九号の罪などを構成するものでない。なお、原審並に当審証拠調の結果に依れば、被告人等は公安調査庁に対する抗議手段として、新田貞治の身体を拘束したものであり、必ずしも新田貞治の行為を犯罪行為であるとし、これに対する正当防衛の認識の下に本件所為に及んだものではなかつたことを看取するに足る、従つて、これと同旨に出た原審の見解は相当であり、原判決は事実を誤認し、又は法令の解釈適用を誤つたものでないから、この点に関する論旨も、また、これを採用するに至らない。

検察官並に弁護人の「原審が被告人等の原判示所為に対し、刑法第三十六条第二項を準用したのは、事実を誤認し、法令の解釈適用を誤つたものである。」とする論旨について。

記録を検討するに、原判決は挙示の証拠を綜合して原判示の事実(罪となるべき事実欄掲記の事実)を認定し、さらに該事実が刑法第二百二十条第一項の罪の構成要件を充足することを肯定した上、進んで、新田公安調査官の本件調査行為を、適法な行為であると認めながら、他方に於て、被告人等の原判示所為を目するに、その動機並に目的に於て正当な行為であるとし、従つて、本質的には、超法規的に違法性を阻却せらるべき行為であるとし、たゞ、其の手段、方法が相当と認められる限度を超えた点に於て、所謂過剰行為として違法性を帯びるに至つたものと認め、該所為に対し、刑法第三十六条第二項を準用して、被告人全員に対し、刑の免除の言渡しをしたものであることが明かである。よつて、以下にその当否を判断するのであるが、およそ国家機関の行為が違法であつて、国民の権利を侵害するような場合には、国民は法の許容する各種の方法に従い、これに抵抗し、且、救済を求める、基本的な権利を有するものであることは、敢て此処に言う迄もない。しかしながら、いやしくも国家機関の行為が、適法行為として是認せらるべきものであるに於ては、国民は該行為に依る自由の束縛を、受忍する義務をこそ負え、これを否定して直接抵抗する権利(又は自由)を取得(又は保持)するものでは決してない。国家機関の適法行為に対する抵抗が、犯罪の構成要件を充足する場合、その抵抗が、如何に憫諒すべき動機に其の端を発したとしても、斯る抵抗は、所謂正当行為を以て目せらるべきでなく、従つてまた、超法規的に其の違法性を阻却せらるべきでもない。これを本件について見るに、既に述べた如く、原審並に当審証拠調の結果を綜合すれば、公安調査官新田貞治の本件調査行為は適法であつて、国民の基本的人権を違法に侵害するものでないと認められ被告人等はこれを違法視してこれに対し直接抵抗する権利又は自由を有するものではない。この見地よりすれば、一方に於て新田公安調査官の本件調査行為を適法であるとして是認しながら、他方に於て、これに対する被告人等の直接の抵抗を、所謂正当行為の過剰行為であるとし、該所為につき刑法第三十六条第二項を準用した原判決は、所謂正当行為たるの要件事実を誤認したものでなければ、刑法第三十六条第二項の解釈適用を誤つたものであると言わざるを得ず、その誤りは判決に影響するから、論旨はいずれも理由があり、原判決は此の点に於て破棄を免れないものである。

よつて、他の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条、第三百八十条に従い原判決を破棄した上、同法第四百条但書に則り、次の通り判決する。

当審認定の罪となるべき事実及び該事実認定の資料は、原判決認定の事実(罪となるべき事実欄記載の事実)及び挙示の証拠と同一であるから、此処にこれを引用する。

法律に照すに被告人等の判示所為は刑法第二百二十条第一項、第六十条(包括一罪)に該当するので、所定刑期範囲内に於て、被告人等に対し、主文掲記の通りの懲役刑を以てそれぞれ量刑処断すべく、被告人等の所為の動機、目的、手段、方法その他諸般の情状に鑑み、同法第二十五条第一項を適用し此の判決確定の日より二年間、被告人等に対し、右各刑の執行を猶予すべきものとし、原審及び当審訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文、第百八十二条に則り、被告人等をしてその全部を連帯負担せしむべきものとする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 山田義盛 沢田哲夫 至勢忠一)

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